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2008JPC ザ・コンテスト
 11月9日(日)JPCのビッグイベント ザ・コンテストが大阪守口市民会館で開催されたのだが、先ほど代表の杉田会長からお電話をいただいてコンテストの状況をうかがった。
 JPCナショナルズの優勝は伊東幸二選手で、私は以前ノービスクラスに出場したときの彼を知っているが、「でっかい骨格でスケール満点だなぁ」と思ったものだ。ついにJPCの頂点を獲得(おめでとうございます)。
 また、2位の小西選手、3位の瀬下選手もかなりよい状態で出場したようで、上位三人は大混戦だったそうだ。
 その他、女性の健康美を競うMsフィギア優勝は豊島香奈子さん・・・専門誌に載ったとき、「観に行った人は幸せ者だ」と思うに違いない。
 また、フライパン曲げと、鉄筋(19澄剖覆欧箸い人間がやってはいけないことをやってしまう怪力の漢が、その怪力を競うJPCストロングマン優勝には金繁優選手。

大会は例年以上の盛り上がったそうだ(観に行きたかったなぁ・・・今はそれが出来ない身の上)
 会長の話を聞いていると大会出場の虫がゾワゾワ騒ぎ出すのだが、大会のレベルが上がるにつれ自分のレベルアップには課題が多く・・・JPCナショナルズ、このままだと敷居ばかりが高くなってしまいそうだ。来年は気合を入れてトレーニングするぞ!(その前にケガ治さんとあかんなぁ)
  杉田会長、強烈な刺激をありがとうございました。
| 筋肉への目覚め | 20:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
ボディビルの魅力
 ボディビルの魅力・・・それは実践している人それぞれ違っていると思うが、私の場合は「自分を変えることが出来る」から。
 以前ブログで書いたように私は運動が全く苦手で、マラソン大会ではほとんど最終ランナーだった。ゴールのときは、いつも全校の注目と最大の拍手を独り占めしていたものだ・・・他の生徒はすでにゴールしているから最終ランナーには最大の拍手が待ち受けている。
 これは体験したものでないとわからないだろう・・・拍手をしている人全員が「よく最後まで頑張った」「諦めないことは素晴らしい」「よくその体形で」・・・と思い切り最上段から人を見下げているのがわかる瞬間だった(たまらんぞ・・・しかも何度も)。全校マラソン大会なんて恐怖の祭典を、「子供たちの健全な育成のために」とか言っている先生を見ていると悪魔にしか見えない。
 実は、成人して健康診断で心電図の検査を受けたときに、私の心臓は長時間の運動をすると不整脈になる体質だったことを知る(右心室伝動障害症だったか)・・・全校腕相撲選手権の方が私には合っていたのに・・・どちらも体力だよ先生!「走れば健康になる」なんていつの時代の発想だ・・・話しがずれた・・・トラウマのせいだ
話しは戻って、部活は剣道をやっていたが、これといった実績は残していない。球技に関しては全くといっていいほど惨めな思い出しかない(スポーツの話しはダメだ。トラウマの大放出になってしまいそうだ)。

ボディビルとはいえ、私がスポーツを愛好する、継続すると思った同級生は小中高を通して皆無だろう(私もその一人だ)。
そんな私でもボディビルをやって体を変えることができた。早筋・遅筋・柔軟性・俊敏性・・・そのほか計画性・・・そのいずれも人よりも劣っていた私が体を変えることができたのだ・・・この事実はXファイルなみの謎だと思っている。
そんな私の経験からして、ボディビルをやって体が変わらない人は存在しないと思っている。確かに発達のスピードに個人差はあるものの、過去100人を超える会員たちの体の変化を見ても確信が持てる。
ボディビルは努力した分だけ自分の体を変えることが出来る・・・自分の努力を裏切らない・・・そんなところがボディビルの魅力なのだ。


トレーニング開始から2年トレーニングを開始して2年。自分ではかなり筋肉がついてきたと錯覚していたころ

1998ノービスクラス優勝時1998ノービスクラスで優勝したとき

2001冬2001ごろ、真冬にも関わらず(GYM内に暖房はない)上半身裸でトレーニング

2006夏2006夏、肩をケガをしているが、42歳にしては元気だ

時を重ねた感触を
| 筋肉への目覚め | 13:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日は満月!
 日も暮れ始めたころ東の山から「満月」が・・・見事な満月。
 昔からトレーニングする際に記録を付けている私は、満月の日に使用重量がアップすることに気が付いていた。
 人間の体のほとんどが水分だから(まして筋肉は)、潮の満ち干気のごとくに満月の影響を受けることは自然なことなのだろうが・・・今、GYMでは狼男が鉄と格闘している(笑)。
今日は満月一眼じゃないからこれが精一杯・・・残念ですな

肉眼で見るとこんな感じ肉眼だとこんな感じに見えるんだが・・・人間の目は高性能だね(兎が餅つきしてたというくらいのアバウトさもまたいい)

 ※11月13日に「正確には今日が満月です」と冨樫が教えてくれた・・・ということで満月を2日楽しめるということにしてください。
| 筋肉への目覚め | 17:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
サプリメントについて・・・昨日とちょいと切り口が違うよ
 今朝のGYM内温度7℃・・・歳のせいか寒くなると古傷の膝が痛み出す。膝といえばテレビでサプリメント(以下サプリ)のおかげで階段が昇れる(駆け上がれる)ようになったとかいうCMをよく目にする。階段を駆け上がるにはある程度の筋力が必要なのに、あれほど劇的に変われるものだろうか?(おまけに駆け下りてくるんだもんな〜只者ではない)関節の痛みの原因は様々考えられるのだが・・・不思議だ。
「筋肉王国的食育」
 確かに不足している栄養素を補填すれば一気に改善するものもある。すぐに思い出したのは江戸患いといわれ恐れられた「脚気(かっけ)」・・・脚気は江戸や明治時代、それまでの玄米や雑穀から白米に食生活が変わったこと、つまり食生活が変わったことで広がった病気だが、ビタミンB1を摂取するだけで予防されると記憶している。
 結局は日常の食事で改善できる病気なのだが、近年のサプリブームを考えたとき、この脚気の教訓が忘れ去られているような気がするのだ。

 現代は枚挙に暇が無いほど食について様々な問題点が発生しているが、今回は栄養素のみに的を絞ってみる。
 今から7年ほど前だったか、ほうれん草に含まれるビタミンCが20年前の半分になったと騒がれていたことがあった(小松菜やブロッコリーなどでも減少していたはずだ)。中には10%まで落ちているといった報道もあったくらいだ(いくら忘れっぽい日本人でもまだ記憶のどこかに残ってないかな)・・・これじゃポパイは何缶喰わなきゃいけないんだ、一話15分ではおさまらない(古いよな)。
 私は、栄養価の低い作物=力の無い野菜=生きる力の無い物・・・だと思っている。だから、その命を食している私たち人間の生きる力も弱っていて不思議ではない。
 私が小さいころ農作業場脇にニラが自生していた。このニラの匂いは今でも忘れられないほど強烈な匂いがするものだった(俺の匂いを嗅いでみろ!くらいの勢いだ)。私はこのニラが大好きで、あの力強い匂い・生命力のある匂いを嗅いだだけで食欲がそそられたものだった。

 年寄りのようなことを言えば、最近の作物にはあのニラのような匂いが少なくなったと感じている。
 力の無い作物を食べ、腹は満たしても栄養は満たされていないのをサプリで補うというのは・・・安易な発想ではないだろうか。そんな間に合わせで問題の本質が解決されることはないだろう。
 大人は体調が悪いと、栄養ドリンクやサプリメントを口にしてその場をしのぐが(習慣化しても自己責任)、成長過程にある子供たちはどうするのだ?栄養が十分ではない食事を摂り続けて大人になるのだろうか・・・恐い話しだ。
 今は「これ美味しいから食べなさい」というのが定番だが、昔の人は「これは体にいいから食べなさい」とよく言ったものだった・・・本来の食事とは生命の維持と育みのためにあるのだ。

 ボディビルダーの私が農業に興味を持つのは、家業が農業ということもあるが、ボディビルが体作りだから・・・「食」が大切なのだ。つまり農業はボディビルの一部だと考えているから。

     ちなみに、ビルダーがプロテインなどのサプリを摂取する訳は後日にでも。
不自然だから馴染まない 自然に自然に

| 筋肉への目覚め | 12:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
会員からサプリに一工夫した情報が・・・
 東京で勉学に励んでいるはずの押切からサプリの一工夫情報が寄せられた。
 私も試したことがないので、おすすめするというのではなく紹介までに。

 「あの苦くて食後に飲むと吐き気が襲うBCAAをおいしく飲むべく試行錯誤の末、ク
エン酸5グラムとBCAA 5グラムを混ぜて飲むとすごく飲みやすかったです。 焼酎割
り用のポッカ200%レモンとかも試したんですがクエン酸の方が経済的にベストで
す。500グラム1,420円で薬局で買えます」
クエン酸方々さがしたんだろうなぁ・・・映像を送ってきた。押切、部屋を片付けろ部屋を。勉強に集中できんぞ

| 筋肉への目覚め | 18:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
私にとってのサプリメント
 今日も朝一番のモーニングプロテインが美味い・・・
 思い起こせば、私がボディビルを始めた20年前、プロテインの原料といえば大豆(今のような乳製品ではない)だった・・・本当にまずかった。
 決して安くはないお金を払い購入したにも関わらず、プロテイン=まずいというのが消費者としての正直な感想だった。販売元は「我が社のプロテインは従来よりも飲みやすく溶けやすい・・・」と言っていたが、シェイカーでシェイクしたプロテインに箸が立つのは・・・あれはなんだったのか(怪奇現象ですか?)。とにかく溶けにくく(膨らむって感じかな)飲みにくかった。
 それに比べ今時のプロテインは美味しい。これは過去の苦い経験がそう思わせるのではなく、女性でも子供でも飲める美味しさだ。これなら体も素直に吸収できる・・・苦虫を噛み潰した(もちろん「たとえ」です)ような顔で飲んでいたころを思い出すと嘘のようだ。
 ところで、ビルダーの中にはサプリメント依存症のようになってしまっている人もいると聞く。
 そこで、今回はサプリについての考察。
 私にとってのサプリメントの位置付けはあくまで栄養補助食品。
 我が家の食卓は農家だけに野菜中心なので、それを補うために一日にサバの缶詰(鶴岡のC&Cという店では1缶95円ほどで売っている)を一缶、それに鳥の胸肉を200朕べ、そのほかにプロテインを摂取するのだが・・・これがかなりいい加減で、朝一番は必ずといっていいほど飲んでいるが、後は思い付いたときに飲んでいるというのが正直なところだ。
 農作業が忙しいときには日に1回しか飲まないことさえあるので、1カ月で3繕といったところ。その他飲むサプリメントはHALEOのコア3。これは大好きなのだが・・・高いので500弔離椒肇襪鬘灰月かけてちびちび飲んでいる。
 1カ月にサプリメントに使うお金は約1万円〜1万2千円!これを超えると私はボディビルを続けることは出来ない(必要量より継続可能を選択)。日本人一般男性の小遣いはそれほど多くはないはずだ(私だけとは限らないだろう)。それでも88舛△辰燭箸上腕囲が48.5臓淵僖鵐僖鵑膨イ辰疹態)になっている。
 ときに大量にサプリメントを摂取しているビルダーの話しをよく聞くが・・・余裕があるならいいけど無茶はしない方がいい(内臓だって大変だ)。ボディビルは長期に継続してこそ恩恵があるのだから、サプリも長期に摂取できる方がいいと私は思っている。

 10年ほど前、あるGYMの会長さんから伊藤君は月にいくらサプリに掛けてる?と聞かれ、「1万円です」と答えたところ、それじゃあ足りな過ぎる3万円以上使わなくてはいけない・・・と言われたことがある。
 3万円・・・無理無理・・・だいたい何で金額なんだ?マルチビタミンを月に3万円飲んだら筋肉が大きくなるのか?何を根拠に言っているのかさっぱりわからない(筋肉職人ではなく筋肉商人だな)。そんなお金があったら私は迷わずダンベルを買う。
 ボディビルにとって大切なのは、トレーニング!それが基本であることに間違いはないのだ。
 成長しない体をサプリの摂取不足と考えるのは間違いだ・・・トレーニングは奥が深い・・・だからボディビルはおもしろい。
 ちなみに、2カ月前に入会した健志は、1カ月半で筋肉が4前幣總え体重は65繊おまけに腕周りは4造眩えた・・・プロテインは10日で500弔らいしか摂取していないのにだ。「一年間体育館でトレーニングしても何も変わらなかったのに」と本人が一番驚いている。
 あくまでボディビルの本道はトレーニング・・・サプリメントはベーシックな物で品質の良い物を小遣いの範囲でもとめるというのが私の基本だ。
プロテインとBCAA宣伝するわけじゃないけど、現在私が愛飲しているプロテインとBCAA・・・もちろん先方からは何ももらってはいない

思うようにいかない原因は自分にあります
| 筋肉への目覚め | 13:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
新しい生活
 2008年4月1日・・・朝からGYMにいる自分・・・何から手を着けたらいいのだろう?
 退職前は仕事に追われ、その合間をぬってトレーニングや大会準備をしていたので、時間があれば・・・とばかり思っていたが、いざ自由になる時間が多いと・・・やらなければいけないことは多いのに段取りが付けられない自分がいた。
 組織にいるときは決められたことを、決められた期間で消化していくことに集中できたが、時間を自由に使えるというのは(暇という意味ではない。時間の使い方を自分で考えなくてはいけないということ)どうも勝手が違い過ぎて戸惑ってしまう。まるで夏休みの時間割を自分で考えていたころみたいだ。
 もし退職予定の人がいたら、とにかくやらなければいけないことを羅列し、その中から優先順位を決めて計画的に事をなすように努めた方がいい(準備はしていたんだけど、それでも思うようにはいかない)。
 結局私の場合、すべての時間(24時間−睡眠時間)をボディビルや農業につぎ込むことになった。退職翌日から今日まで休日は1日もない状態。ありったけの時間を使ってありったけのことをしていくしか今の私には一日を過ごす方法が見つからない・・・段取りよく物事がいかないことは毎度のことで、自転車でいえば思い切りこいではいるのだがチェーンの調子が悪く空踏みが何度もある感じだ。全力でペダルを踏んでいるので空踏みは一層こたえる(バランスを崩しそうなくらいだ)。
 なんで一日は24時間しかないのか?段取りのいい人間なら24時間でも間に合うのかもしれないが、不器用者には正直足りない。時間ばかりが進んでいく感じがして、焦る・・・焦りは次の焦りを鼠算式に増殖していくのだ。

 特に、農業は時間というより天候に左右されるため、予定が思うように立てられないのが悩みの種。農業では父母が私の先生だから、完全な師弟関係が生まれている・・・給料持ってきたぞ!的な生意気な態度ではいられない。何てったって向こうは先生方なのだから(双方マイペース(高速)なんで大変なもんだ)。
 そんな中、GYMについては、もう毎年恒例になっている鶴岡でのJPC東北・北海道ボディビル選手権開催をはじめ。GYMのホームページにGYMTシャツ・ステッカーなどの制作(これは後藤さん(東京在住)からの全面協力があったおかげで完成)や、GYM内の整備を進めてきた。
 大会については以前ブログ(9/2以降)で紹介したので割愛するが、選手のレベル・観客の盛り上がり・審査の精度・・・そして映像の完成度ともに過去最高だったと思っている(みなさんのおかげです)・・・また来年が楽しみだ。
 他にも創作筆工房の「熊吉」もある・・・とにかく今は自分の全部を使わないと毎日を過ごしていられない・・・水鳥が水中で懸命に足をバタつかせているのが頭に浮かぶ・・・いい友達になれそうだ。
 でも、望んだところに身を置けることを幸せだと感じながら 毎日を過ごしている自分がいる。
志有処道有これは退職の記念品としてNOSAI庄内より頂戴したもの。公私共にお世話になっている佐藤義雄(部長)さんから書いていただいた。「志有る処に道有り」というのは、私がボディビルを始めてからずっと大切にしている言葉で、何度もこの言葉に救われている。現在はGYMにドンと飾らせていただいているのだ

 生きることに意味を持たせる


 明日からは現代に突入し、GYMで起こった日々の出来事などを載せていくので、みなさんよろしくお願いします・・・そうそうネタがあるわけじゃないだろうけどね
 今まで昔話を読んでくれてありがとう。(できれば初回からどうぞ)
| 筋肉への目覚め | 13:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
退職
2008年2月9日・・・課長の自宅に伺い遂に退職願を提出した日。
 課長も今後のことをいろいろと心配してくれたが、私が選択した道で成功するようにと激励してくれた。
 これで、退職の手続きが始まる・・・自分のことなのに何か現実味のない感覚に包まれていた。
 翌日からは事務引継ぎのために今までやってきた仕事を整理していく。ここからの一日一日は本当に長かった。それまで気にもとめていなかった事務所のちょっとした風景や、職場の人たちの顔がスローモーションのように見える。無意識に少しでも記憶にとどめておこうとしていたのだろう。
 職場の人たちは私が退職するにあたり送別会を数多く開いてくれた(計10回・・・ありがとうございました)。その度、皆さんの心遣いが嬉しく、また退職の日が近付いていることを実感する。今思い出しても今年の春は・・・今までで最も長く感じた春だった。
 2008年3月31日、退職の挨拶・・・
 「昭和59年、旧田川地方農業共済組合に奉職以来、今日まで勤めることができましたのも、渡会組合長をはじめみなさんのおかげだと感謝しています。また、共済事業を通じて関わりあうことができた多くの人たちにも感謝しています。
今回の退職については数年前から考えてはいましたが、漠然と退職を意識してから退職の意思が固まるまでの間、庄内農業共済組合という支えを失うことへの不安や、自分の選択に自信が持てなくなった時期もあり、何度か心が折れそうになったこともありました。
それでも、自分の夢に対して、持てる力の全てを注ぎたいという気持ちを封印することができず、この度、退職を決意いたしました。
 よく、正しい選択・間違った選択と表現されますが、事の正否は、分岐点ではなくその後の取り組みにあると考えている今、今回の選択に迷いはありません。
 春からは、家業の農業をやりながら、今まで趣味として取り組んできたGYMに本腰を入れていきます。
 自分が作った物を食べ
 自分が作った物を売り
 自分が磨いた技術を生業としていく生活です。
 在職中なにも恩返しは出来ませんでしたが、今後、自分らしい生き方の中で社会貢献することが、みなさんへの恩返になると考えています。
 最後に、今までみなさんからいただいたご懇情に感謝するとともに、人生の先輩でありますみなさんに、今後もご指導ご鞭撻をいただきますようお願いしてお別れの言葉とさせていただきます。
 本当にありがとうございました。お世話になりました」
 これが別れの挨拶・・・大きなものを失った引き換えに、大きな喜びが必ず訪れてくるわけでもない・・・これからは手本もない手探りの人生が始まる。負けることは許されないのだ・・・自分のボディビル人生にこの先どんな冒険が待っているのだろう.
一貫の始まり
| 筋肉への目覚め | 17:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
2008年元旦に肉離れ
 2008年元旦。「一年の計は元旦にあり」。「新しい生活を向かえる年だ」・・・過去にこんなに緊張した元旦はなかっただろう。さまざまな思いをもってこの日を迎えた。
 私にとって元旦はトレーニング初めの日(ちなみに大晦日はトレーニング納めの日)。 気合十分で一昨年からの課題「下半身」の強化に挑戦(もちろん太もものこと)する。
 まずはいつものスクワットから・・・シャフト(バーベルのバーのこと)だけでアップを始め、少しずつ重量をのばしていく・・・まだMAXに達していない160圓里箸異変が起きた。
 しゃがむときに違和感があったのだが立ち上がった瞬間、まるでマリオネットの糸が切られたかのごとく私は床に崩れ落ちてしまった。
「なんだこの感覚・・・下半身に力が入らない」(だから太ももです)。こんな経験は初めてだ・・・正確に状況判断ができない。
 それを見ていたブレイド敬喜も不思議そうな顔でこちらを見ている。
 この時点ではあまり痛みはなかったのだが力が入らない、思うように歩けない。パワーラックを手すりに体を起し、奇妙な格好でGYMを退却。多分一昨年のJPCマスターズ以来、トレーニングはスクワットからやってきた・・・連日のスクワットに体が悲鳴を上げたのだろう(反省)
 後日の診断で「肉離れ」ということがわかった。肉離れは上腕二頭筋(力こぶ)以来だったが今回は様子が違う。その嫌な予感は見事的中し、就職してから初めて正月の御用始を欠席した。その後すぐに週末だったのでこの間に回復できればと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。
 ちょっとした次の行動の選択が地獄のような痛みにつながる。起きることも寝返りを打つことさえかなわない。腰は体の要とはよくいったものだ・・・生半可に筋肉がついているので同じ体勢で布団に寝ているのも痛苦しい。腕を動かしてもその痛みは腰を中心に全体に広がる・・・元来寝相が悪い私は寝ることさえ恐怖を感じた。こんな恐ろしい経験は過去になかった。結局元旦から10日間寝たきりビルダーになる。
 しかし、私はただでは転ばない。腰をトレーニングベルト&コルセットで固定しノートとペンを握り締め、タオルを噛み締めながら、この腰痛で体験したことを記録していた(タオルを噛む姿はまるで飢えた獣のようだった)。この経験が誰か腰痛になったときに生きてくるような気がした・・・それにしても痛い。まともな字は書けない(最小限度の動きで書いたからなぁ)。体のどの機能を使っても痛みは襲ってくる。腰痛はまぎれもなく恐怖の大王だ。
 トレーニングを再開するまで1ヵ月半も掛かった。過去にこんなにトレーニングを休んだことはない。しかも再開したといっても20舛離弌治泳椶任離好ワットもやっとの状態(情けないにも程がある)・・・ケガの恐ろしさをとことん知る・・・この腰痛は現在も完治していない・・・それどころか、再度腰を7月に、それに加えて背中を8月、とてつもない肉離れを体験した(泣きっ面に蜂なんてものじゃない・・・どうなっているんだ今年は)。
 普通に歩けたころを思い出しては、そのありがたさをかみ締めている今日この頃なのだ。
 ちなみに、ボディビルに罪はない。私が勝手に追い込んだために起こった事故なんだから。(トレーニングやっている人は注意しよう・・・特に中高年)
 しかし、細木和子先生!今年は12年に1回の「達成」の年だそうじゃないですか・・・元旦からとんでもないことになっちゃいましたよ(どうなってるんだ?)。
忘れ物はいつも大切なものばかり
| 筋肉への目覚め | 17:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007 NOSAIを旅立つ覚悟を決める
 いつごろからだろう、自分が非力に思えるようになったのは・・・
いつごろからだろう、収入は組織に守られ、食べる農作物は父母が作る・・・それが当たり前のように過ごしている自分に不安を覚えはじめたのは・・・

 若いころは仕事をして給料をいただいて、その収入で家族を養っていければ一人前だと思っていたが、30代半ばころからだったろうか、そんな自分が無性に非力に感じるようになっていた。
 休日もなく仕事をしていた時期もあったが、組織に守られることでしか生活できないことへの不安。棚一つ、野菜一つ作ることが出来ない、物を作れないということへの不安。
本来、成長の過程で身に着けなくてはいけなかった「生きるための力」を私は持ち合わせていないことに気付き始めていた・・・本質的な何かが違っている気がした。
 そして40代中盤のこの時期、この時に自分の足で自分の力で歩いていかなくてはいけない・・・はっきりとした感覚ではないのだが予感のようなものがあった。
    
 確かに現実は甘いものではなく、職場を離れることで社会的な立場は違ってくるし、もちろん定期的な収入はなくなる。それを補うにも、家業の農業ではとても生活できるような収入が得られないこともわかっていた。GYMにしても会費を安価に抑え(月会費3,000円)ボディビルの普及を願っていたが、現状を維持するだけでも相当の出費を重ねていたのでとても収益を上げるまでに至っていない(その点では同好会レベルにも達していないのだ)。生活がきつくなることくらいは容易に想像できた。
 それでも素の自分を成長させながら世の中に貢献しその対価として収入を得る生き方をしたいという願望が強かった。

 07年。公民館の一室でボディビルを開始してから20年目をむかえたこの年、私は25年間勤務したNOSAI(農業共済組合・・・よく農協さんと間違われるが違う組織)を退職することを決意する(お世話になった人たちのことを思うと本当に心苦しかった)。
 もちろん家族の理解がない限り退職という思い切った行動は取れない。何度か父母を含め家族に自分の考えを話し理解を求めたが・・・農業情勢が厳しい中(サラリーマンでは想像出来ないレベル)、収入が減ることへの不安は大きかったようだ。それでも、あきらめにも近い気持で退職を了解してくれた(ありがとう)。

 ボディビルにのめり込んだために退職したのか、それとも私の住んでいる自然豊かな朝日の地がそれをさせたのか・・・正直何がこの選択をさせたのかよくわかっていない。ただ24時間365日、自分が確信を得た場所で自分の力をフルに使ってみたかった。
お世話になったNOSAI庄内お世話になったNOSAI庄内(庄内農業共済組合)

忘れたくない気持 大切な気持は
| 筋肉への目覚め | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
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