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2007 NOSAIを旅立つ覚悟を決める
 いつごろからだろう、自分が非力に思えるようになったのは・・・
いつごろからだろう、収入は組織に守られ、食べる農作物は父母が作る・・・それが当たり前のように過ごしている自分に不安を覚えはじめたのは・・・

 若いころは仕事をして給料をいただいて、その収入で家族を養っていければ一人前だと思っていたが、30代半ばころからだったろうか、そんな自分が無性に非力に感じるようになっていた。
 休日もなく仕事をしていた時期もあったが、組織に守られることでしか生活できないことへの不安。棚一つ、野菜一つ作ることが出来ない、物を作れないということへの不安。
本来、成長の過程で身に着けなくてはいけなかった「生きるための力」を私は持ち合わせていないことに気付き始めていた・・・本質的な何かが違っている気がした。
 そして40代中盤のこの時期、この時に自分の足で自分の力で歩いていかなくてはいけない・・・はっきりとした感覚ではないのだが予感のようなものがあった。
    
 確かに現実は甘いものではなく、職場を離れることで社会的な立場は違ってくるし、もちろん定期的な収入はなくなる。それを補うにも、家業の農業ではとても生活できるような収入が得られないこともわかっていた。GYMにしても会費を安価に抑え(月会費3,000円)ボディビルの普及を願っていたが、現状を維持するだけでも相当の出費を重ねていたのでとても収益を上げるまでに至っていない(その点では同好会レベルにも達していないのだ)。生活がきつくなることくらいは容易に想像できた。
 それでも素の自分を成長させながら世の中に貢献しその対価として収入を得る生き方をしたいという願望が強かった。

 07年。公民館の一室でボディビルを開始してから20年目をむかえたこの年、私は25年間勤務したNOSAI(農業共済組合・・・よく農協さんと間違われるが違う組織)を退職することを決意する(お世話になった人たちのことを思うと本当に心苦しかった)。
 もちろん家族の理解がない限り退職という思い切った行動は取れない。何度か父母を含め家族に自分の考えを話し理解を求めたが・・・農業情勢が厳しい中(サラリーマンでは想像出来ないレベル)、収入が減ることへの不安は大きかったようだ。それでも、あきらめにも近い気持で退職を了解してくれた(ありがとう)。

 ボディビルにのめり込んだために退職したのか、それとも私の住んでいる自然豊かな朝日の地がそれをさせたのか・・・正直何がこの選択をさせたのかよくわかっていない。ただ24時間365日、自分が確信を得た場所で自分の力をフルに使ってみたかった。
お世話になったNOSAI庄内お世話になったNOSAI庄内(庄内農業共済組合)

忘れたくない気持 大切な気持は
| 筋肉への目覚め | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
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