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熊吉

 

鐵學

 

昨日は「幸せと不幸の材料は同じ」という話をしました。

今日は幸せ関連で「願い事」について考えます。

 

今年も残すところ 早いもので一カ月チョイ

年末年始になると、大勢の人が神社に願い事をしにお参りに行きます。
(お参りというより願い事に行く感じ)

 

「神様、宝くじが当たりますように」

「 〃  幸せになれますように」

「 〃  金持ちになれますように」

「 〃  良い仕事につけますように」

「 〃  売上が上がりますように」

「 〃  志望校に合格できますように」

「 〃  すてきな恋人ができますように」


それはそれは 神様にいろいろなお願い事をします。

 

そこで思うのが・・・

 

「お願い」ではなく「おねだり」なっていることってありません?

 

 

神様の気持ちはわかりませんが

「おねだり」に神様が耳を貸してくれるとは とても思えません。

(「自分で何とかしろ」って言われそうです)
 

 

野球でも

ピッチャーがど真ん中ストレートを投げてきても

それを打ち返す実力がある人にとってはチャンスボールでも、実力がない人ならストライク(ピンチ)になるわけで。

 

結局のところ、チャンスかピンチかは 本人の実力。

 

 

受け止める力がないのに、かなう夢や願いはないと思うんです。
 

だから 願い事が頭に浮かんだ時は いつも

自分が願っている その願いに 自分は相応(ふさわ)しいのか・・・と考えます。

 

「願いは それに相応しい人にしか訪れない」

そう考えていると、自分の足りない部分が見えてきたり、気付かされたりすることがあります。

 

 

ちなみに初詣のとき私は

「いつもありがとうございます」とだけ拝んできます。

 

 

 

それから・・・

 

神様にお願いしっぱなしって人いません?

もう学校も卒業しているのに「志望校合格」のお願いをしたままだとか

それ いけません。報告とお礼に行きましょう。

 

 

 

今日も
「ありがとう」
「ごきげんで」で
楽しく過ごしましょう。

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