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JPC07東北・北海道ボディビル選手権(その弐)
 観客が来場してからの後半戦のオープニングを飾るのは「余興班」制作の映像・・・会場の反応が気になる気になる・・・上映開始・・・杉田会長、それに上澤会長の筋肉の見事さに場内は盛り上がる!!私もマイクを持って選手の紹介!「ゼッケン1番 狙うは大川全弘ただ一人 逆襲の男 藤原仁〜。ゼッケン2番 深く刻み込まれた究極のカット、 ブレイド 菅原敬喜〜。夜のエロティックダンサー「チョコバナナ」今野政都〜 ・・・」
 そう、以前から鶴岡での大会では選手のイメージを名前に加えるのだ・・・格闘技フアンだった私が、ボディビルのためにパクッたもの(パクルことに迷いはない)。選手からも観客からも楽しんでもらわなければファイナルではないのだから。

 お客さんが審査するオーディエンス賞はもちろん、胸・腕といった部分的な筋肉の発達を比較する部分賞も盛り上がった・・・そしてフリーポーズ(選手が自選の曲で自由にポーズをとる)・・・それぞれの選手が自分の持ち味を十分に披露してくれていた。その中でも鈴木選手の壮大なフリーは観客に強烈な印象を残したようだ・・・しかし、その鈴木選手のフリーをも霞ませてしまう最強のパフォーマンスを見せてくれたのが・・・昨年に引き続きチョコバナナ政都だった。DJオズマの曲にあわせ彼にしかできないポーズを繰り広げていく(筆舌に尽くしがたい)・・・この時も観客全員を味方にしていた(登場と同時に観客ドッカン)。フリーが終わるとフアンのお婆ちゃんから花束が!!・・・彼は毎回期待以上のことをしてくれる(見なきゃ損だって)・・・観客の笑顔は最高だ(隣の爺さんも来てくれていた・・・さすがはフアンの一人だ)
 審査集計のためにしばし休憩・・・・審査員室では審査集計中・・・
 観客へは「余興班」が制作したビルダーのトレーニング映像を観ていただいた・・・「余興班」のメンバーは初上映のためかかなり緊張していたようだが、観客の反応は上々だったようだ・・・ようだというのは、残念ながら私はその現場を見ていない。実はそのころ審査員室では予想していなかった事態が発生していたのだ。なんと各ポーズの集計とフリーの成績を積算したところ木原選手と鈴木選手が同点・・・確率的には2百6億分のいくらなんだろ?的な話しだった!・・・(確かに二人の力は拮抗していたが、いくらなんでも)。検討した結果、審査全体の比重(8:1)から規定ポーズの比較の時点で優位だった木原選手が優勝となった(これも今年審査規定に明記した)。
 表彰式は特別審査員の杉田会長に授与をお願いした。選手たちも嬉しそうだ(本当に羨ましい)。優勝した木原選手は再度フリーポーズをとり、観客の声援に応えていた(おめでとうございます)。
 実は、鶴岡の大会では一般の人たちがこの大会をどれくらい楽しんでいるのかを調べるために、アンケート形式でメッセージを頂戴しているが(約9割の人が書いてくれる)、そのほか大会中に帰られた人数もカウントしている。150人の観客の内、途中帰られた人は一割にも満たなかった・・・大会そのものが成長していることを強く感じる(みなさんありがとう・・・次回は帰らしまへんで)。
 その日の打上げは・・・またもや深夜まで続いた・・・選手も観客も「笑顔」最高の1日だった。
 最後までお付き合いいただいた杉田会長、上澤会長お疲れさまでした・・・お二人とも強靭な肝臓をお持ちです。
またもやチョコバナナ政都今や最強のパフォーマーと化したチョコバナナ。幼児から高齢の方まですべての年代に絶対の支持を得ている

2007東北北海道その1ポーズダウンでの一コマ。熱い闘いがステージ上でくりひろげられた

2007東北北海道その25分近くもポーズダウンは続いた・・・本当に誰かダウンしそうだった

2007優勝 木原博選手総合的な評価で優勝を勝ち取った北海道の木原選手(おめでとうございました)

杉田会長から称えられる木原選手杉田会長から称えられる木原選手(ピンボケですいません)

笑顔はいいね
| 筋肉への目覚め | 18:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
JPC07東北・北海道ボディビル選手権(その壱)
 07年の大会では、新審査方法と余興班の映像のほかにビッグなサプライズを・・・
 それは76ミスターユニバース・81ミスターインターナショナルチャンピオン・JPCの杉田会長を特別審査員としてお呼びしていたのだ。
 つまり、07年の大会は特別審査員として杉田会長、そして審査員長に上澤会長というこれ以上はないであろう審査陣。
 20年ほど前、月刊ボディビルディングで拝見してからずっと憧れの人だった杉田会長から、自分の作った審査方法に携わっていただける・・・しかも鶴岡までお出でいただいて・・・私にすれば大きな夢が一つ叶った日だった(幸せ者だ)。もちろん絶対失敗できないという巨大なプレッシャーも標準装備(杉田会長の武勇伝を聞いているだけに)。
 再度、審査員室でルールの確認を行ってから いざ本審査開始。
 前年も参戦してくれた選手に加え、2年ぶりに参戦する藤原選手、久しぶりにコンテスト復帰した菅選手、鶴岡での初代チャンピオンの榎木選手、その時準優勝だった木原選手、それに初参戦の高木・渡部・伊藤・齋藤選手も加わり参戦者数は総勢14人。 全選手素晴らしいコンディションでこの日をむかえてくれていた。
 2年ぶりに見る藤原選手は初参戦の時に目立っていた下半身をさらに強化していて重量感を感じさせていた。菅選手は参加選手中最も仕上がりが厳しかった。木原選手も菅選手に負けないほど厳しい仕上がりで、その上過去最大の筋量を披露。また、鈴木選手は、そのスケールの大きさと才能を感じさせ抜群の存在感を放っていた。榎木選手もポーズ全般に隙がない。スケールなら大川選手も目を引く・・・まさに大混戦・・でも、そんなときにこそ新しい審査方法は力を発揮するのだ。
筋肉の殿堂 鶴岡市中央公民館毎年ここで熱戦が繰り広げられているのだ

いいです・・・筋肉がいいです

 審査が進むにつれ、全ポーズで高順位の木原選手と、腹筋が弱点とはいえ持ち前のバルク(筋肉の大きさ)とバランスでほとんどのポーズで1位を取っている鈴木選手との一騎打ちといった感じになってきた(そのほかの選手も大激戦)。
 審査員室に戻り、杉田会長をはじめ審査員の皆さんに新しい審査方法についての感想や意見を伺ったが、初回にしては概ね大成功といった言葉をいただくことができた(08年は選手の負担等も考え改良を加えている)・・・大きな仕事を一つ終えることができた。
この審査方法は、将来はメジャーな審査方法になるだろうと私は勝手に信じている。

2007審査中の杉田会長真剣な眼差しの杉田会長(右)選手でなくても緊張します

2007ご一緒させていただいています恐縮ですが、ご一緒させていただいています(手前私)

満足
| 筋肉への目覚め | 20:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007年 余興班の登場(その2)
 過去2回の大会は私が手製で映像を作ってきたが、これからは編集ができる強力なスタッフがいるのだ。弘光と大会で上映する画についての打ち合わせをする。絵コンテも無しにイメージだけでの会話・・・(分家仲間。つまり先祖が同じだからなのか話しが通じやすい)。
 弘光に依頼した映像は、大会のオープニングとトレーニングしている様子の2つ。
 オープニング映像は、はじめにJPCの杉田会長と上澤会長の現役バリバリのころの映像を流し(度肝抜かすで)、その後、選手入場に合わせて選手の写真を映し出していくというもの(フアンはたまらん)。音楽については弘光にお任せした。
 それと、トレーニングしている様子については、選手がどれほどの努力を経てその場に辿り着いたのかを観客に伝えられる内容にしたかった(好きなこととはいえ、大変なんです)。
 ギトギトの汗だくというような重苦しく野暮ったいものではなく(オイラ苦しんでます的な)、目標を持って純粋に自分自身と闘っている普段の様子を撮影してほしいと要望した(今回「お笑い」は残念ながら封印)。簡単に言えばボディビルダーの本当の姿を撮ってほしかったのだ。
 これは、鶴岡の大会をただの競技会ではなく、多くの人たちが「ボディビルを知る」「ボディビルと触れる」場にするために絶対に必要なことだった。
 撮影については、ボディビルにどっぷりとはまってしまった私ではなく、ボディビルを知らない弘光の視点で撮影した方が、何か新しいものが生まれそうだったので全面的にお願いした(大会の仕事を初めてほかの人に完全依頼した・・・これがまた新しい感動を生んでくれことにつながる)。

 弘光はできるだけ多くの映像を収めようと、大会までの3ヵ月、毎晩のようにGYMに足を運び撮影してくれた(会員よりもGYMに足を運んでくれていた)。とにかく恐縮しきりだった(とんでもないことをお願いした・・・のだろう)。
 大会の1カ月前、ついに余興班制作映像が完成・・・GYMでワクワクしながら再生(街頭テレビに人が群がる図)・・・彼らの作った映像は、正直私たちが想像していたものをはるかに超えていて、まるでプロが作った、いやそれ以上の出来栄えだった(真剣に作ってくれたのが伝わってくる)。その場にいた会員は口々に「これかっこいいですよ」「ホントかっこいい」と自分たちが写っているにも関わらず大声で喜んでいた・・・(確かにかっこいい)。
 趣味で映像を作成していると聞いていたが、とても趣味というレベルのものではない。映像に夢を持つ「余興班」とボディビルに夢を持つ「POWER GATE」が化学反応したような映像だった。
 その後、この映像は大会までの間、毎日何時間もGYM内で映し出されていた(1日30回は下らない)・・・おっと!ビルダーはナルシストではないので勘違いのないように・・・自分に納得していないから自分と闘えるんです。自分を変えられると信じているからトレーニングできるんです。
余興班ロゴこれが余興班のロゴ。鶴岡の大会でこのロゴのTシャツを見かけた人もいるだろう

みんなで見る夢は幻なんかじゃない

| 筋肉への目覚め | 16:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007年 余興班の登場(その1)
 07年春、この年の大会から実施する「新審査方法」のジャッジ表の作成や、審査員・スタッフに対しての説明資料の作成は順調に進んでいた(やる気になっているときは仕事が速いのだ)。
 この審査が定着すればボディビルの審査がもっと明確なものになる・・・新しい取り組みに心は弾んでいた・・・が・・・一方で観客を楽しませるための新しいアイディアが一向に浮かんでこない(歳のせいなのだろうか)。
 昨年のオーディエンス賞しかり、「選手が出場してよかった」「観客が観に来て良かった」と思えるような大会を開こうと、大小いろいろなところに手を加えてきたが・・・ここにきて頭が動かない。これからは同じことを繰り返すだけになってしまうのか・・・そんな恐ろしい予感がしていた(私にこれは耐えられない)。
 しかし、こういうとき必ず筋肉の神様は私に力を貸してくれるのだ。
 大会の3ヵ月前、新しい救いの人がGYMに訪れてきた・・・しかもGYMのすぐ後ろの家から(徒歩30秒)・・・彼の名前は弘光。私と10歳ほど離れた集落の後輩だ。
 その弘光が、「仲間(余興班という7人のクループ)と自作で映像を作っているんだけど、GYMでトレーニングしているシーンを撮影したいので協力してほしい」と言ってきた・・・弘光らは友人の結婚式で余興を依頼されたときに映像を制作したのがきっかけで、どんどん映像の世界にはまっていったらしい・・・近くに住んでいながら彼が映像を趣味にしていたとはまったく知らなかった。
 以前からボディビルの魅力を観客に伝えるには映像の力が、表現力が必須と思っていた私は、弘光の依頼を受けるのと同時に大会の映像制作への協力を依頼した(大会3ヵ月前というあたりが偶然にしても・・・驚きだ)。ついに本格的映像の導入だ(また新しいことができる)。
 これが、現在鶴岡の大会の名物にもなっているボディビル映像のはじまりなのだ(そう、あの映像はプロが作ったものではないのだ)。
・・・しかし偶然にしても・・・目には見えない大きな力に導かれているように思えてならない・・・
立ったままでいるより歩き出した方が楽だよ
| 筋肉への目覚め | 18:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
ボディビルの審査方法に挑戦!
 06年のJPC東北・北海道ボディビル選手権も終え一休みすればいいものを、今度は大胆にも「ボディビルの審査方法を変えてみよう」と気合が入っていた。
 冷静に考えれば、大会を開催してはいるものの私はまだ現役の選手。そんな一選手が競技のルールを変えようというのだから自分でも驚いてしまう(なぜ先を急ぐのか私にもわからない)。理由はわからないのだが、なぜか改正しなければいけない、そうするべきだという強い思いがあったことは確かだ。

 以前から私が感じていた審査方法についての疑問点・・・それは二つほどあった(長い話しになりそうだからかいつまんで)。
 まず一つは、規定ポーズが8つ(マスキュラーを含む)もあるのに、各審査員は順位を一つだけしかつけられないという点。一人の審査員が複数の選手がとった8つのポーズをすべて頭に入れて、それを比較し順位をつけるなんてことが本当にできうることなのかという単純な疑問・・・「できる」と言われればそれまでだが、よほど実力差がない限り無理があると思う。
 もし、前述ができていないのであれば、印象やインパクトで順位をつけてしまうことになる。そのせいか誌面に載っている審査員の寸評は「いつもより迫力が無いように感じた」「フロントは良かったが、バックにキレが無かった」といった、選手の比較というより感想に近い言葉が多かったと記憶している(本来ならA選手とB選手を比較したとき、このポーズの時にこういったところが(全ポーズで)・・・となるべきなのではないだろうか)。
 これでは選手がなぜこの順位になったのか、今後どこをどのように改善したらいいのか見当がつかない。そこで私は、06年の大会で実施したように全ポーズごとに順位をつけ、選手自信が後にジャッジ表を見たときに、自らの良いところ悪いところ、改善すべき点ができるだけわかるような、メッセージ性があるジャッジをしたいと考えていた。そうでないと規定ポーズそのものに意味が無いように思えた。
 それと二つ目は、各審査員がそれぞれ順位を付け、それを合計して順位が決定するという方法だ。この集計方法にも大きな疑問を感じていた。確かに最高と最低を除した中庸の数値の計で順位を決定するが、整数を集計するのだから一つ一つの差は大きなものになる・・・例えば1と2の差は1しかない、1と3の違いは2しかないと考えるのではなく、2は1の2倍、3は1の3倍と考えれば、少しの差(集計するからなおさら)が挽回不能なものになっていく(面倒な話しですみません)。
 誤解がないことを祈って書かせてもらうが、審査員にひいきの選手がいた場合はステージ上の闘いとは違った操作が行われる危険性さえあると感じていた。
 そこで、この2点を改善、そして合体させ実際に使用できるものを作ってみようと取り組んでみた(挑戦ですな)。
 頭の中に草案はあったが、実用化しようとすると、理想的であっても選手や審査員に負担が掛かり過ぎたり、ロスタイムが大きかったりと、シミュレーション→修正→シミュレーション→修正の繰り返しが続き、連日作業に向かったにも関わらず出来上がるのに3ヵ月も掛かってしまった(私の脳みその限界)。
 もちろんこの件については、JPCの代表である杉田会長から了承をいただかなくてはいけない。資料とシミュレーションの図を会長に送付した。後日、杉田会長からの返答をいただこうと電話したとき会長から言われた一言が強烈だった。
 「会長、先日送らせていただいた審査方法について、次年度から実施してもよろしいでしょうか」「あぁ、祐輔お前のやりたいようにやってええ」・・・マジで!(即答ですか)・・・お話しうかがうと、杉田会長が資料のすべてに目を通してくれているのがわかる(ありがたいことです)その証拠に・・・実はこの規定は読んだだけでは理解できないようなセキュリティーが掛けられているのだが、これを杉田会長は一読して理解していたようだ(何も言えません)・・・将棋をやっていてもチャンピオンになったのではないだろうか(どんな頭脳をしているのだろう)・・・「祐輔」と呼んでもらえるまでになった今でも杉田会長が雲上の人であることに変わりはない。

 この新しい審査方法と誰でも参加できる大会の開催を掲げ、東北フィジーク委員会は発足した。
 会長にはマッスルマニア世界大会優勝・JPCナショナルズ三連覇の偉業を成し遂げた青森の上澤会長をおいて他にはいない。早速上澤会長に連絡をとると、ボディビルの普及になるのであればと了承していただいた(もちろん上澤会長からも審査方法については了承を得ている)。私は副会長と事務局を担当し、07年以降、鶴岡で開催する東北・北海道選手権はこの審査方法で行うことになる。

 この審査規定が盛り込まれた「東北フィジーク委員会」が発足したのは07年2月21日。月刊アイアンマンに当会の発足が見開きで紹介された07年5月号・・・私にとって大切な記念です。
人生の障害は 進もうとする者には扉に 
| 筋肉への目覚め | 18:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
JPC 06 東北・北海道ボディビル選手権(大会・・・そして打上げ)
減量中の選手よりもやつれた状態で当日をむかえる。
 昨年とは違う緊張感に包まれながらスタート。養生を終え、選手の受付を行い、午前の内に本審査を行う。このときの大会参戦者数は、うちのGYMのメンバーからの参戦が増えたこともあり計11人と昨年より若干増えていた(よし)。
 本審査の中で注目されたのは、まず青森の桑原選手。ポーズに癖があるものの筋肉がバランスよく発達している上に仕上がりもいい。また、大川選手は昨年JPC東日本を制した時のカット(筋肉のほり)を進化させている上に筋量もアップしていた。一方ノービスクラス4位の宮古選手は筋量ではトップクラスなのだが、1ヵ月の間に3大会に出場したせいか体が疲れているように感じた。
 2時間を超える本審査を終了し、ようやく開場。観客は120人とこれまた前年の1.5倍近くになっていた(何てったって当日券のみですから・・・ありがたい)。
午後からのファイナルがはじまると、リピーターの観客が多いのか歓声がすごい(やはり女性)!GYM会員の桜応援隊の声がかき消されている(大声でも小声でも言葉で女性に勝つことは無理だ)。
 ここで私の想定を超えるスターが現れた。それは「チョコバナナ政都」・・・彼はうちのGYMの会員だが、これほど見事というか観客を惹きつけてしまう選手はいないだろう。観客全員がチョコバナナ(名前の由来はわからない・・・多分好きなんだろうチョコバナナが)政都に声援をおくっていた(後に大会を観に来てくれた隣の家の爺さんが「チョコのフアンになった」と言っていた・・・チョコバナナですから爺さん)。
彼のパフォーマンスはボディビルのフリーの常識を超えていた。ただ笑いがあるだけではない、華があるしおまけにかっこいい。鶴岡の大会に来た人たちは幸運だったと思う(涙を流しながら笑い 腹筋を押さえていた)。
 審査の結果、優勝は青森の桑原選手、2位がGYMの大川選手、3位に青森の宮古選手が入った。そして大会優勝者を喰う大活躍をしたチョコバナナ政都が初の「オーディエンス賞」受賞者となった(本当にすばらしい)。ほかの選手もこの大会にむけて素晴らしい肉体を披露してくれた。
 選手、それにスタッフ、そして観客の皆さんに感謝。
 私の想定を超えるできごと(チョコバナナや観客の反応など)が新しい可能性を予感させる。来年も今回以上に頑張れる(この国の達成感は癖になる)・・・とその前に打ち上げに全力を注ぐゴリラの群れが鶴岡の夜に・・・写真参照
2006ジャッジ2006ジャッジ表。各ポーズごとに順位がつけられている

2006コンテストの様子素晴らしいコンディションで大会に挑んできた選手たち。

上位三名左から優勝桑原選手・3位宮古選手・2位大川選手

政都彼が「チョコバナナ政都」・・・観なきゃ損だ

打上げ会場前打上げ会場前・・・「もくもく」さん

打上げ会場内打上げ会場内・・・「もくもく」さん・・・お騒がせしました

翌日の山形新聞翌日の山形新聞掲載記事

自分を信じれるから頑張れる そんな私を信じてくれる
| 筋肉への目覚め | 13:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
JPC06東北・北海道ボディビル選手権
 JPCノービスクラス&マスターズクラスが終わると、鶴岡の大会まで残された準備期間はわずか3週間!勝利の余韻に浸っている時間などなかった。何度となく直行と打ち合わせを重ね、前年の体験から改善するべきところをチェックしながら理想の大会に近付けようと必死だった(減量の疲れが残っているなんて言っていられない)。
 まるで突貫工事のようにチラシや資料を作成し(締め切り前の漫画家のようだった)、ポスターの掲示依頼に歩き回り、会場との打ち合わせを行った(忙し過ぎたのかこのころの記憶があまりない)。
 2006の大会ではボディビル史上初(おそらく)の「オーディエンス賞」の取り組みに加え、審査方法についても変更を加えることにした。
 これは以前から考えたいたことなのだが、通常ボディビルコンテストでは選手がとる7〜8の規定ポーズを総合的に評価し、各審査員が順位をつけていく。しかし、前面が良くても背面が・・・とか、上半身は良くても下半身がといったように、人間の体は審査しやすいようにできてないし均等に成長もしない。そこで、従来の審査を根本から変え、8つの規定ポーズそれぞれに順位をつけてその合計で優劣を決定することにした。こんな画期的な審査は史上初だろうと自負していたが・・・後に杉田会長が以前取り組んだことを知る(さすがです)。
 新しいことに取り組んだ分当日のタイムスケジュールは2倍に膨れ上がっていた。
 前年もそうだったが、毎年「初の取り組み」というのも正直疲れる・・・でも、同じことがどうしてもできない自分がいるのだ。細かいところまでついつい変更を加えていってしまう。「もっともっと」という変な筋肉病に侵されているのだろうか?自分でも自分に付き合うのが大変だ・・・でも楽しい(救えないのかもしれない)。
 仕事から帰り、トレーニングもそこそこに大会準備を深夜1時2時までしている毎日が続く(朝は早めのご出勤だ)・・・耳から煙が出てきそうだった。
 そんなドタバタ騒ぎはさておき、2回目の開催ということもあり、地元誌が大会に参戦する選手を取り上げるようになっていた(バンバン取材してくれ)・・・選手一人一人が目立ってきている(みんながスターになればいい)。少しずつ広まっている感触を得る。
2006TIRASI2006年 大会用に作成した葉書サイズのチラシ。杉田会長の写真は事後承諾ということで・・・。

大川 庄内小僧1

努力の先に成功は保証されていないけれど

| 筋肉への目覚め | 19:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
06ノービスクラス&マスターズ参戦
 06夏、私と良幸、それに今や映像のプロカメラマン化した息子の研吾がJPCの総本山大阪へ飛んだ(庄内空港から)。
 大会前日の私の状態は、今までにない上出来の絞り(脂肪が落ちてる状態)具合だった上に、体重も80舛蛤任盻鼎ぢ僚邸覆弔泙蟠敍がでかい状態)で仕上げることができた。明日の本番に向けてそれまで制限していた炭水化物を食いまくり、筋肉を張らせる作業(カーボアップ)をしながら、刺激を与え続けてくれたGYMのみんなに感謝ていた。
 一方、良幸は絞りを優先したために本来の大きさが多少犠牲になっていたが、そのスケールはノービスクラスで十分上位を狙える状態だった(2人とも準備は万端)。
 大会当日、会場入りした私と良幸はそれぞれの選手控室に入る(もう控室を間違うよなことはしない)。ドアを開け、中を覗くと黒光りする40歳オーバーの面々がぞろり・・・顔だけおじさん体は筋肉の塊という何ともギャップが強いこと(ボディビルを知らない人が見たら言葉を失うんじゃないだろうか)。トレーニング歴20年以上の列強の兵(つわもの)がそこに集結していた(上下が違い過ぎて、CG加工の実写版が歩いているみたいだ)
 歳をとってもボディビルで鍛えた肉体は衰えない・・・これを実感したと同時に、この鍛えこまれた肉体の人たちと闘うのだ・・・と気を引き締める。
 本番が近付くと、各選手は筋肉に張りを持たせるために軽い運動を始める(パンプアップ)。そんな中、00優勝の日高選手と99・03優勝の米田選手の体は素晴らしく、特に上体の広がりや大腿部の発達が目を惹いた。それでも、あれだけトレーニングしたんだ、今の自分ができる全部がここにある(自分のことですが)。後はなるようにしかならない・・・と割り切ることができたので、ステージでは緊張することもなく自信を持って一つ一つのポーズをとることができた。
 大会結果は、日高選手との激戦を経て私は優勝(本当に嬉しかった)。
 良幸はノービスクラス初挑戦で見事5位。それも上位に肉薄した素晴らしい闘いだった(その証拠に彼は翌年同大会で並み居る強敵を抑え優勝している)
 その日の打上げは最高に楽しかった。40代でも体はまだまだ成長する。そして来年は良幸が・・・そう実感できた大会だった。
 良幸と私と研吾、それと青森県の宮古さん(ノービスクラス4位)と一緒にホテルの部屋でビデオを観ながら反省会。一本のビールが最高に美味かった。
2006伊藤大会時の写真が少ないんです

頑張っている自分が好きです 自分が頑張れる
| 筋肉への目覚め | 18:35 | comments(6) | trackbacks(0) |
大会に出る準備をしなくては
 大会準備に追われてばかりはいられなかった。マスターズまでの時間もどんどんなくなってくる(その他大勢になるのはごめんだ)
 まず、大会に向けて取り組んだのは恒例の「禁煙」。私は大会4ヵ月前から大好きなタバコを絶つことを習慣としている(タバコを休むとタフになれるのだ)・・・打ち上げのときに吸うタバコは最低だけど最高だ(これも恒例になっている)。
 大会準備で時間はなかったが、齢(よわい)40を超えた肉体は私の期待に応えてくれていた。ベンチプレス・スクワットは過去最高重量でトレーニングできたし、トレーニング中の集中力も高い状態を保つことができた(人間追い込まれると底力が出るんだね)。
 そのころのトレーニングを思い出すと、大川が朝3時でGYMに来るので、私も朝トレを2時間。それに加えて、夜トレ1時間という内容だった。ボディビルをすると白髪は増えても肉体は老いないのか?多分これほどまで強度の高いトレーニングをしたことはなかっただろう。マシンへの移動の際もダンベルでランジ(しゃがみ込みながら歩く)をやっていたくらいだ。
 こんな狂気(狂喜)のトレーニングができたのは、大川の「絶対妥協しない」というトレーニングに対する姿勢と、良幸の尋常ではない筋発達を目の当たりにしていたからだろう(負けてはいられない)。
 所詮ボディビルは1人ではできないのだ。多くのライバル、多くの仲間、言葉を交わさないでも刺激を与えられる関係が自分たちを成長させてくれるのだ。相乗効果といえば簡単だが、互いが認め合い尊敬できなくては築くことはできないものだろう(本人も無意識の内にね)。
よく
| 筋肉への目覚め | 19:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
「オーディエンス賞」誕生
 ボディビル業界でよく聞く話に、「海外の大会はいいね〜。観客が楽しみ方を知っている。日本人は自分からイベントを楽しもうとすることが苦手だ」というのがあるが(ボディビルに限らないかもしれない)、そんな考え方は間違っている(断言しちゃってます)。日本でもコンサートで盛り上がっている人たちがいる。サッカーや野球で盛り上がっている人たちもいる。あの人たちは日本人ではないのか?大会が盛り上がらないのを観客の責任にしてはいけない。日本の観客が海外並みに反応するような大会(企画)にすればいいのだ。
 とは言ったものの、どうやったらボディビルの大会が盛り上がる?劇的な逆転など起きにくいボディビル大会・・・コンテストという性質上、下手をすれば選手入場の時点で優勝が決まってしまうボディビル・・・ドラマが生まれにくいボディビル大会(これは翌年に取り組むことになる)で、どうやったら観客が夢中になることができるのか(夢中になっちゃえるのか)・・・観客を巻き込めば大会は盛り上がる!・・・これは私でもわかることだった。じゃどうして巻き込む?選手と一緒にウエーブをしてみたら?いっそのこと本当に観客を巻き込んで、選手と一緒にポーズをとってみたら?(いくら何でも乱暴だ)・・・巻き込む方法が見当たらなかった。
 1人で悩んでいても仕方がない・・・そこで、直行らに相談してみることにした(場所は「もくもく」という喫茶店)・・・しばらくして、前年の大会を観客席で観ていたスタッフから、「お客さんも審査できればいいのに」・・・はいはい観客の皆さんも審査をするのね・・・エッ!観客が審査員?・・・この一言は大きかった(思い付きもしなかった)。
 そうなのだ、観客は観るだけの人と考えてしまうから観客がカヤの外になってしまうのであって、観客も審査を行えばステージに立つ選手への見方が変わってくる・・・一体感だ・・・(素晴らしい)。
 そこで、観客が入場する前に本審査は終了させ、従来本審査を行っていた時間帯を観客が審査をする「オーディエンス賞」の時間に充てることにした。もちろんこのオーディエンス賞は部分賞(胸・背中・腕といった部分ごとに優劣を競う)と同じ取り扱いにする。
これなら、審査員の目と一般の人の目にどれくらいの違いがあるのかもわかるし、用紙を工夫すれば、観客からの大会の感想や意見・要望・・・ついでに、選手への応援メッセージも書いてもらえる(最高です)。
 もちろん、前年同様、開会と同時に観客に対して「ボディビルの審査の方法」について、映像を上映しながら説明することにした。
方向が決まっていても 方法が決まって

| 筋肉への目覚め | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
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